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「おーい、幸也ー?」
「――あ、……すんませ」
ぼーっとしすぎたらしい俺は、先輩が下敷きでぱたぱたと風を生み出したことでようやく動き出すことが出来た。
我に返り何でもないと首を振ると、話をごまかすように太陽光が降り注ぐ窓の外へ目を向ける。
「あっつくてぼーっとしただけっす。……心配した?」
「阿呆か。……ま、確かに暑いわ」
この県の県立図書館はかなりの蔵書量を誇っており、由緒正しいと言われるような古めかしい文献も多く置かれている。さすがにその書庫は閲覧許可証が必要にはなるけれど、本の傷みを少しでも防ぐために図書館全体の空調はしっかりとしていた。だから、俺が言ったように暑いなんてことはさほど無いのだが、先輩は適当な相槌でそちらへと乗ってくれた。
下敷きで自分を扇ぎ始めた先輩に倣って、俺もぱたぱたと顔へ風を送りながら横目で先輩を窺う。
紙パックのコーヒーを飲む小早川先輩の前髪が、風でそよいでは額を露にした。あまり目にすることのない場所だ。胸元が大きく開いたデザイン性のあるカットソーと迷彩のタンクは先週学校の帰りに寄った先輩贔屓のブランドで買ったこの夏の新作。裾が切りっぱなしのストレートジーンズも、チェーンに革を織り込んだブレスレットも、それを買うシーンに俺は立ち会っている。先輩にしたら何てことはないんだろう。後輩に似合うと勧められた服やアクセを、気に入ったから身に付けているだけ。
なのに、ただそれだけのことがまるで特別扱いされているような錯覚を俺に与える。別に俺が買ってプレゼントしたわけじゃないけれど、似合うと言ったものを身に付けてもらえるのは純粋にうれしい。
先輩には言えないけれど、まるでそれが所有印のようにさえ思える。
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