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尾張の本城、清洲城。
守護大名である織田信長の本拠地だ。
以前までこの俺、前田利家は織田家一武将として士官していたが、この間追放されて流浪の身となった。
理由は信長様のお気に入りの茶坊主を斬り殺してしまったからである。
だが俺は後悔していない。
だってそいつは信長様を中傷しやがったんだ。
うつけ者だとか、南蛮贔屓する非常識者だとか。
心ない発言につい手が出てしまった。
だが残念なことに、信長様をそう思っているのはまだ大勢いる。
甲斐の武田、近江の長井、越前の朝倉、などの有名な反織田勢力。
つまり、まだ弱小である織田軍がいつ攻められてもおかしくないのだ。
その大事な時期に追放だなんて正直馬鹿げている。
そんなこんなで俺は別に宛もなく彷徨っていた。
「腹減ったなぁ……」
思わず愚痴が出てしまった。
尾張領内を出てから五日目、前田利家は窮地に立たされていた。
出ていくとき食料と有り金全部持ってきたが、それがもう底を尽きかけている。
まだまだ育ち盛り、決まった収入が無いだけに、食事代はかなりの出費だ。
武しか取り柄がない自分にとって、金を稼ぐには傭兵や、賊退治による僅かな報酬だけ。
それでも頑張ってやり繰りしてきたが、どうもそろそろ限界のようだ。
「秀吉の奴、元気にしてるかなぁ……」
思い出したのは、親友の顔。
早朝、俺が城を出るとき、あいつはわざわざ見送りに来てくれた。
しかも僅かながらお金も貰った。
ただでさえ下っ端なあいつが、俺のためにと思うと、柄になく泣きそうになってしまった。
奴は絶対将来出世する。
短い間だったが、一緒にいた俺が言うんだ、間違いない。
他の奴にはない画期的な閃き、人一倍の努力と負けん気。
もしかしたら信長様よりも器が大きいんじゃないかと思うときもあった。
できればあいつの成長を側で見ていたかったが、それはもう叶わない。
俺はもう、あそこには帰れないのだから。
気付けば目の前には久々の海が広がっていた。
ということは多分、伊勢湾辺りに出たのだろう。
近くには市場があり、人が賑わっていた。
「ウジウジ悩んでいてもしょーがねー、まずは腹ごしらえだな」
少ない金を手に、俺は駆け足で市場に乗り込んだ。
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