ゲームセット

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 何をしなくてもわきの下にじっとりと汗が滲む日本の夏に、拓也は嫌気がさしていた。力強い日光は部屋の中に直接当たらないものの、生暖かい空気は扇風機一台のみでは冷えてくれそうにない。  クーラーなどという贅沢なものは拓也の部屋に設置されていないため、今までの夏はこれだけで我慢してきた。そして今年も我慢するしかなかった。ただ、去年と状況が異なっているのは、拓也が高校三年生になって初めて勉強机に向かっているということだった。  机には昨日買ってきたばかりの数学の参考書が広がっていた。小、中、高、と野球部に所属し、毎日部活に明け暮れる日々を送ってきた拓也にとって、毎日の学校の授業はそれこそ日頃の疲れを取り除くための睡眠時間であった。  その拓也がこうしてシャーペン片手に参考書と睨めっこしている理由はただ一つだ。拓也にとって勉強以外に打ち込むことが無くなってしまったのである。 「……ん? πって円周率だろ? 何で角度に使われてんだ?」  本の内容が理解できずに苛立つ。それを含んだ呟きは、外で響き渡るアブラゼミの鳴き声でかき消された。  下手くそなペン回しを繰り返しながら何度も同じ文章を目で追うものの、日頃の積み重ねた学力が無く基礎が抜けている拓也にとって、到底理解できない内容だった。
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