9人が本棚に入れています
本棚に追加
「あー、テメェら注目ー」
覇気の無い、というか生気の無い声が研究室内に響いた。
指示通り、一旦刻方術の印を妄想する作業を中断してそちらを見遣る。ヨレヨレの薄汚れた研究着をTシャツの上から羽織っている、なんだか貧乏臭い雰囲気の青年ニック、もといニコラス・クロム特別研究室室長殿が声の主だ。椅子の背もたれに身を預けながら伸びをし、手にしていた通信機の受話器をデスク上に戻した。
相変わらず髪はボサボサで、本来なら瞳と同じ燃える様な赤のはずが煤で汚れて艶が無い。寝てばかりの生活の割に目に下には酷いクマがあって、体付きもヴェルグにしては細い。一言で表すなら駄目な大人。これで二百年近く生きている鬼死還だと言うのだから、世の中年功序列が全てじゃないというのも頷ける。
その室長ニックが欠伸をしながら言う。
「ステラ、こっち向け。一応これは黒王の……ふぁーあああぁぁ……御言葉って事らしいんでよ、片手間は良くねぇ」
その態度で言われても説得力はゼロだと思うのだが、ステラは舌打ちしながらも作業を中断してニックの方に向き直った。
ステラ・チャーチル。白猫のベスティエであり自他共に認める天才少女。獣人にしては毛が少なく、真白の耳と尻尾が無ければ人と見紛うレベルだ。薄い青の瞳は眠たげだが、しかし力強さも併せ持っている。どちらかと言えば可愛い部類に入るものの、その傲慢な性格が邪魔をして男っ気は微塵も無い。おっと、睨まれた。怖い怖い……。
「そ、それで? 黒王はなんて?」
視線をニックに戻して続きを促す。んー、と気の無い返事をすると黒王の御言葉は何処へやら、普段通りのニックの口調で続けた。
最初のコメントを投稿しよう!