酔いどれ狼の独り言

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 散歩中のパテアが、海を描いている人物に名前を訊ねたのは、随分と前の話になる。海を描いて筆を動かす男は、旅人と答えた。それ以降、パテアは男を旅人と呼んでいる。  パテアは、旅人が描く絵を傍らで覗く。絵は、まだ出来上がりそうに無い。  旅人とパテアが居る場所からは、蒼く透き通るような水面が見える。その一番奥にある水平線の向こうからは、一仕事終えた漁船が港の波止場に向けて移動していく様子が一望できた。漁船を引く水魔獣が水を掻く度に海面が泡立つ様子が見える。  二人が居るのは、ラウルスラ川の下流に設置された港にある防波堤だ。天気の良い日は、水面から魚が跳ねる光景が見れる。防波堤沿いにも木船が浮かび、漁師達が、二人に声を掛けて船を出す。  旅人は、毎日、同じ場所で絵を嗜む。話しかけたパテアは、その旅人の痩せた姿から、死期を待つだけに見えていた。何時もなにか思い悩むようなそんな空気を感じ取っていたのだ。それも合って何時からか、旅人の元を訪れるようになっていた。 「雨の日も描いてるのかい」  パテアは、旅人に訊ねる。軍医のパテアは、雨の日に外出はしない。雨や風の日は、与えられた自室で薬の開発や病魔の治療法を研究している。散歩に出向くのは、海と変わらない色を持つ空に、燦燦と太陽が輝く時だけであった。 「雨の日は、流石に。軍医さんこそ、何故いつも此処に来るんですか?」  旅人が、パレットに筆を置いた。旅人は、目の前の景色をそのまま貼付けた様な絵を描く。
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