無死の夢視者

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 その後、男が話を続ける事は出来なかった。エルが話の途中で男の鳩尾に飛び膝蹴りを打ち込んだのだ。勢い余ったついでに肋骨まで蹴り上げた様で、ボキリと骨が折れた音がした。 「うっし、一丁上がり!」  哀れな男は倒れ込むと勢いよく顔を地面に叩き付け、そしてそのまま起き上がらなかった。 『エル……やり過ぎです。 嗚呼、これでは私も反逆者扱いされてしまいます」  ヴァンがわざとらしく泣き声を出すと、エルは大声で笑った。 「まぁ良いじゃんか。 細かい事は気にするなよ」  エルはそう言うと、失神した男を思いっきり踏みつけてさっさと歩いて行く。ヴァンはそれを見て、何も踏まなくてもと小さく呟きながら男を飛び越え、エルを追いかける。 「全く……あなたは骨張っているから膝蹴りは痛いんですよ?』 「……突っ込むところ違うだろ」  エルは、ヴァンが“細かい事”に突っ込みを入れてくるだろうと予想していたのだが、想定外の場所に突っ込まれ、苦笑する。 『ですね。 それにしても、昔に戻った気分で少し楽しいですよ」  ヴァンは笑いながら答える。 「それは良かった──って、え? 楽しい? どういう意味だ?」  エルはヴァンのその言葉に驚いて立ち止まり、振り向いた。  その過剰な驚き方に、ヴァンが怪訝な表情を浮かべる。 「どうって……楽しいって言ったんですよ?」  それを聞いたエルが言葉を失ったのを見て、ヴァンは溜め息をついた。 「遂に頭が完全におかしくなりましたか?」 「お前さ……いや、やっぱりなんでもない」  エルはそう言うと、黙って歩き出した。ヴァンはエルに追いつこうと早足で歩き、横からその顔を覗き込む。 「そうですか? あなたのその顔は何か言いたい顔だと思いますが」 「なんでもない」  エルは短く言うと、押し黙って足を速める。ヴァンは肩をすくめ、諦めた様に言った。 「ま、良いですけどね」 ──エルは、思ったのだ。  ヴァンが不死になる前、本当に生きていた時のヴァンに戻ったのではないか、と。
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