無死の夢視者

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 《穴》まであと5、600メートル程といったところにある、小さな丘に差し掛かった時、ヴァンがある事に気づいた。 「おや、《穴》の辺りに誰か居るみたいですね」 「人? 良く見えるな……」  エルが感心するのを見て、ヴァンは呆れる。 「エルは相変わらず観察力が無いですね」 「そんな事言ったって……周りには何も無いんだぜ?」  エルは改めて辺りを見回すが、《穴》の影響だろう、やはり周囲には小石や倒木が転がっていたり、雑草が僅かに生えている程度だった。エルが見つけられないでいるのを見て、ヴァンがおもむろに腕を上げる。 「……煙、見えないんですか?」 ヴァンが指差した方向、丘の向こうに微かだが一筋の煙が立っていた。 「えっと……ああ、あれか? よく見えたな、あんなもん」 「あなたの観察力が無いだけですよ……」  ヴァンは溜め息をついた。 「それにしても不味いですね。 人が居ると言う事は──」 「<穴>の前で殺りあう事になりそうだな」  ヴァンが先に待つ争いを思って渋い顔をしているのに対し、エルは嬉しそうだ。そんな好戦的なエルを見て、ヴァンは思わず言う。 「全く……相変わらずですね」  エルは腰に下げた革製の鞘から、柄から刀身までの全てが黒いジャックナイフを抜き、それを弄ぶ。鈍い光を放つジャックナイフを振るい、顔の前に構えて口元を歪ませた。エルのその表情は心から嬉しそうに見える。 「良いじゃないか。 ……死ぬ前の最後の楽しみだ」  死ぬ、というその言葉を聞いたヴァンは一瞬躊躇い、そして話を切り出した。 「ところで先程の、死ぬ件ですが……やはり私は──」  そこまで聞いたエルは、望んでいた答えを期待して振り向く。 「お、やっぱりついて来てくれるか?」 「いえ、私は生きていたいですね」  ヴァンは目を逸らして申し訳なさそうに、しかし素早く言った。エルの笑みが固まる。 「どうしてだ? ここは生き地獄だって思い出しただろう? なのに、無意味な仕事を続けて生きていくつもりか?」  人々は不死になった後、最初こそ生きる事を楽しんでいたが……永久を生きる内に、生きる事に飽きてしまった。
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