庭園

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心が、たとえば そう 野原のようなものだとして 色んな草花が咲いて、それが ふとしたことで枯れることもあるだろう そこにはまた芽吹くのかも知れないし もうずっと土を露にしているのかも知れない けれどそれでいいのだと思う むしろそれがいいのだと思う 完全とか完璧とか そんなのはいらないしつまらないから そう言ってコーヒーを啜った又吉はまた本へと目を向ける 饒舌さを隠して文字を呑み込むように指先を唇へあてた 俺の瞳で踊るのは彼が好きだと言う作家の名前が書かれた背表紙だ 視線を外して又吉の肩越しに外を見る 人はまだ疎らだ 窓枠の汚れが気になったけれど、見なかったことにしよう 「なに?」 すっかり湯気の消えたカップに目をやったとき、又吉は本を見たまま言った 俺の僅かな変化に気付いたのだろうか 「いや、窓がさ、少し汚れてて」 「うん」 「それだけだよ」 手元のアップルティーを一口飲む 「今日は静かやな」 「そりゃ朝方だからな」 「ちゃう、お前が」 「俺?そうか?」 「普段はもっと喋るやん」 「お前が本読んでるからさ」 「それはいつもやろ」 栞を挟むこともせずに又吉は本を閉じた 「いいのか?」 「かまへん」 「あれ?前もこれ読んでなかった?時間なかったの?」 「・・・あほ」 「え?なんだよ」 「何回も読んで頭に話は入っとる」 「じゃあ新しいの読めばいいじゃん」 「綾部が、話するかなあ思て 途中で流れ切れても話がわかってればやめられるし、気にならんやろ」 せやから何回も読んだ本を持って来てる 言い終わってまたコーヒーを口に運んだ彼は少し恥ずかしそうにしていた 俺はじわじわ嬉しさが沸いてきて本の表紙を擦っていた又吉の手を握り締めた 「っちょ・・・、あや、」 「いいでしょ、またきち」 俺たちは珍しいね 本の上に咲く花だね そう囁くと彼は俯いてまたアホと言った
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