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「愛が欲しい」
そう呟いて彼は薄いシーツの敷かれた布団の上へ倒れた
僕は少し昔のことを思い描いていて、発せられた言葉を理解するのに時間がかかった
身を縮こませて目を閉じる姿は母親の中に息づく命のよう
愛を糸にたとえるなら僕たちはほどけていた
確かな恋だと信じて始めたけれど長い月日を過ごすうちにいつの間にか一つになりきれない異分子たちがじわりじわり僕らの心を蝕んでいた
僕は愛なんて欲しくなかった
ただ君が欲しかった
だけど君は愛を欲しがった
それは僕ではない
だからサヨナラを言わなきゃならない
すれ違う日々を送り続けることは賢明じゃない
精神を磨り減らし命を削ってまで傍にいる価値を持つのか
わからなくなってしまった
あの日の彼はこんなにも輝くのに
寝息をたてる君に毛布をかけてソッと部屋のドアを開けた
終わりにしようだとか別れようだとか、言わないことが何より一番もっともらしいことに思えて静かに歩みを進めた
玄関へと続く廊下は暗く冷たく、いつもより長いような気がする
「あなたを返そう、あなたに」
囁いたつもりの声は重く閉まる最後のドアに吸い込まれていった
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