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「今度また、先生の作品映像化するときは私にやらせてくださいね!」 ミケが、ハツラツとした笑顔を俺に向けて言った。 「あぁ、できそうな役があったらね」 「うわっ!先生酷すぎー!私のこと好きなくせに!」 笑って答えた俺に、ミケは楽しそうに答えた。 周りのスタッフたちも、その笑顔につられて一緒に笑っている。 霧汐重明の小説、『百万ドルの夜景と君に』は昨年発売された本の中で、一番の売上を記録した。 内容はというと、函館を舞台にした甘く切ない恋愛小説で、特に若い女性の支持が強かった。 推理小説人気の強い昨今、このことは業界内では随分と話題になった。 しかし、世間ではそんなことは大した興味をもたれるようなことではない。 それよりも一般の人間がこの本の話題を口にし、更に多くの人間が本を手に取ったのは、この本が二十三年前に発売されていたものだったという事実であった。 なんでも数年前、当時人気のあったアイドルがこの作品を好きだとテレビで言ったとかで、そのアイドルのファンの間で話題になっていたらしい。 その時は、その小さな範囲でしか話題にならなかったが、書店の隅で埃をかぶっていたその本を見つけた少女たちがそれを読み、自分のブログなどで紹介した。 そこから徐々にその作品の名前が広がり、アイドルの発言から数年後、爆発的なリバイバルヒット。 そして、映像化が決まったのだった。 そんなこんなで、俺は今、打ち上げの席にいるのであった。 何を隠そう、霧汐重明というのが俺なのである。 若い頃書いた作品が、まさか今になって売れ、映像化されるなど予想もしていなかった。 宴会場の中央、俺は酒を呑んでいた。 目の前には、今回の映画のヒロイン役を務めた吉高実希枝がスタッフや出演者たちと楽しそうに会話をしている。 十七歳だという彼女は、みんなから『ミケ』と呼ばれていた。 猫みたいだと思ったが、どうやらそれが彼女の愛称らしく、呼びやすいので俺もそう呼ぶことにした。 売り出し中のアイドルグループの一員である彼女は、クラスにいたら人気のありそうな子、というような親しみやすさを備えていた。
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