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一度家に帰ってから会社に来た。
気を引き締めるためにシャワーまで浴びてきた。
まだ誰もいない更衣室。
時計の秒針だけが響いて、それがなんだか落ち着かない。
「はあ」
早く、早く清水さん来て。
この空気に押し潰されちゃう。
「おはようごさいまぁす」
勢いよくドアを開けた清水さんと目が合うと
「考えてくれましたぁ?」
入って来た時の顔とぜんぜん違う。私を見た途端、悪戯っぽく笑った。
「屋上に来てくれる?」
そう言って私は更衣室を出て、エレベーターに乗り最上階を押した。
大丈夫。ちゃんと言える。言わないと蓮を困らせてしまう。
私は握ってたいた拳に力を込めた。
屋上のドアを開けると気持ち良い風が私を横切って行く。さっき登ったばかりの太陽は今日もギラギラ輝いていて、お盆を過ぎたというのにまだ蝉の鳴き声が聞こえている。
フェンスから都会を眺めていると私に近寄るパンプスの足音が聞こえて私は振り向いた。
「私、蓮と別れるから」
言ってしまった。この言葉は永遠に言うつもりはなかったのに。
でもこれが私の出した答え。
「本当ですかぁ?」
「ただし、条件がある」
「な、なんですかそれ」
一瞬喜んだろうけど、私が睨む目で顔色を変えた。
「蓮のことは絶対に誰にも言わないで。それと……軽い気持ちで蓮に近寄らないで。蓮を苦しめるようなことがあるならその時は……清水さんを絶対に許さないから」
「わ、わかってますよ。そんなことぐらい……」
動揺したのか清水さんは足元を見たまま顔を上げない。
「約束できるよね?」
「ははっ、そんなに好きなんですかぁ?」
「好き。大好き。だから約束守ってね」
私はそれだけを言って清水さんの前から立ち去った。
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