16章

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蓮は鼻を啜って泣く私に、 「美優、おいで」 と、手を伸ばした。 「きちんと話し合おう」 いつもより優しく、そして変わらぬ瞳で私を見つめている。 きちんとって何?話せば解決することなの? 葵って人がいるのに何を話し合えばいいの? 蓮がわからない。 もう蓮の考えがわからない。 「美優」 「私は蓮の……何?婚約者がいるのに……どうして……」 「だからそれを」 「私……もうこんな苦しいのはいやだ」 今にも泣いてしまうんじゃないかって思うぐらい蓮は悲しい顔で 「どうしたら話聞いてくれる?」 わからない。 何が正しくて、誰を信じていいのかわからない。 蓮は時間を気にしているのか腕時計をちらっと見た。 「今日は定時で帰るから一緒に帰ろう」 「帰らない。帰りたくない」 私は走って蓮の横を通り過ぎようとしたら手首を掴まれてしまい 「いつもの駐車場で待ってるから」 そう言って蓮は手を離した。 真っ直ぐ見つめる蓮の目はとても真剣で、私の意思なんてまるで無視するかのように強い眼差しで…… 私は目を逸らして蓮を振り切り資料室を出た。 「はあはあはあ」 非常階段に逃げ込み呼吸を整え壁に寄り掛かった。 蓮……少し痩せてた。 毎日残業続きで寝不足なんだ。顔色も良くなかった。 さっき抱き締められた腕の感触がまだ私の体に残っている。 そして柑橘系の爽やかな蓮の香りが少し染み付いて、それが余計に胸を苦しくさせる。 「蓮……」 鼻の奥がまた痛くなり涙腺に涙が溜まりだす。 蓮の言う通りきちんと話さなきゃいけないのに現実を受け止めることから私は逃げていた。
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