19章

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「井上さん、井上美優さん」 「は、はい」 名前を呼ばれて心臓がドキッとして、急いで立ち上がった。 そして蓮を見れば真剣な眼差しで私を見ていて…… 蓮はそっと私の腰に手を回して、行くよと小さな声で言った。 私は声を出さず首で頷き、掌を強く握ってふーっと息を吐いた。 「こちらですよ」 と、看護士さんに案内され先生が待つ部屋に入ると、50代ぐらいの白髪混じりの女の先生が椅子をクルッと回してこちらを見た。 「どうぞ座って下さい」 蓮と私は椅子に座り、先生の発する言葉を待つ。 目尻の下がった先生はさっきの診察の時に思った通り優しそうで、カルテを見ながら口を開いた。 「旦那さんかな?」 「あ、いいえ……まだ結婚はしていません」 「そう。じゃ、彼氏ね」 「は、はい」 微笑みを見せていた先生が急に真顔になっていく。 そんな表情に私の不安が募るばかりで…… 「生理不順よね?」 「はい、そうです」 1、2ヶ月生理がこないことは高校生の時からあった。でも今回は3ヶ月生理がなくてさすがに私も焦っていた。 先生は持っていたペンを机に置くと私と向かい合った。 「妊娠はしていませんでした」 目眩がしそうなほど衝撃的な言葉だった。 嬉しさなんてまったくなくて…… 赤ちゃんがいればいいってそう思っていた。 この手で赤ちゃんを抱く姿を描いていたのに…… 先生の一言は一瞬で私の心を掻き乱した。
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