22章

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専務の長い長い挨拶が終わり、待ちくたびれていたみんなは乾杯の合図でビールを飲み出す。 「あれ?井上さんは飲まないの?」 桐谷課長がジュースを飲む私を覗く。 「あ……はい。今日はちょっと遠慮しておきます」 ほんとは飲みたいけど……蓮の目の前で飲むのは気が引ける。 「飲めるなら飲みなよ」 と、桐谷課長は空いたコップにビールを注ぎ、ほらとニコッと笑って私に差し出す。 「あの、ほんとに今日は」 「俺が注いだビール飲めない訳?」 丁寧にお断りをしようと思ったのに、見事に遮られてしまって、妖しく笑う微笑みに顔が引きつってしまう。 強引に掌へコップを押し付けられて、それを返すにも返せず…… 私は困ってしまって眉を下げれば、 「俺の歓迎会でその俺が飲めって言ってるんだからよ」 桐谷課長ってもしかしたら俺様なんだろうか…… こんな二人のやり取りを蓮は聞こえているはずなのに助けてもくれない。 そんな蓮になんだかイライラしてきた私はもうどうでもいい、と投げやりになり、 「いただきます」 と言って、一気にビールを飲み干した。 「いい飲みっぷりだね。おい、泡付いてるって」 私の方へ手を伸ばしてきた桐谷課長が口元に付いているビールの泡をそっと指先で拭き取る。 突然のことで逃げることもできなかった…… その指先をペロッと桐谷課長は舐めて、 「井上さんって子供みたいだな」 って笑っていて…… 私はそんな桐谷課長の予期せぬ行動にお酒で熱くなった頬を恥ずかしくてもっと火照らせた。 「桐谷」 ここに来て私は初めて蓮の声を聞いたような気がする。 蓮は表情一つ変えず桐谷課長の名前を低い声で呼んだ。
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