23章

2/10
前へ
/549ページ
次へ
真夏の東京は毎日猛暑が続いていて一歩外へ出ると体がすぐ汗ばむ。 オフィスはクーラーがあるから涼しいけど、外回りの人達はきっと厳しい暑さに耐えているに違いない。 「井上さん」 「はい」 通路を挟んだ横にいる桐谷課長に声を掛けられ、返事をすると難しそうな顔で私のデスクにやって来た。 「これさ。ちょっと金額合わないんだよね」 差し出された書類に私は目を通し、 「あ、これですね」 電卓を叩いて計算する私の横で桐谷課長は腰を曲げて電卓を覗き込む。 近距離の桐谷課長をさりげなく避けるため気付かれないように体を少し動かせば、無意識なのかさらに近寄る。 「これで合っていると思うんですが……」 「そっか。なるほどな」 と腕を組んだ桐谷課長は納得したのか頷いて。 「助かったよ。ありがとう」 と、みんながいつもキャーキャー騒いでいる笑顔で颯爽と歩いてデスクへ戻って行った。 「うん?」 私のデスクの上に走り書きしたようなメモが置いてある。 その真っ白なメモ用紙には 『仕事の話があるから今日会社終わったら飯食べに行かない? 桐谷』 と書いてあって、私はすぐ桐谷課長を見ると向こうもこちらを見ていたようですぐ目が合った。 「あの……」 と言うと桐谷課長は人差し指を口の前に立ててしっーと小さい声で言っている。 「えっ?」 私が首を傾げれば椅子から立ち上がり私の後ろを通り過ぎる手前で少し屈んだ桐谷課長が、 「玄関前で待ってる」 と、囁くように呟いて通り過ぎて行った。 「ちょっ……」 ちょっと待って下さいと言おうとしたのに…… 桐谷課長はオフィスから姿を消していて…… 私は唖然としてしまい、外出して今はいない窓際にある蓮のデスクを見ていた。
/549ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23659人が本棚に入れています
本棚に追加