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玄関を出れば……
円柱に体を預けて寄り掛かり、途方に暮れる桐谷課長が待っていた。
その横顔は普段あまり見たことがない真面目な顔で夕日が桐谷課長を照らしていていつもと違う雰囲気に見えてしまう。
「桐谷課長……」
一歩一歩足を前に出し、私を待つ桐谷課長に近寄った。
私の気配に気が付いたのか桐谷課長は顔をこっちに向け、
「お疲れ」
爽やかな笑みを浮かべて、それはいつもと変わらない笑顔で……
蓮よりも背の高い桐谷課長が私の目の前に来て、私は目線に合わせ顔を上げた。
「お疲れさまです」
と、言葉を返し桐谷課長が口を開く前に私が口を開いた。
「あの……今日のことなんですけど、私……用事があって」
嘘をついているのがバレているかもしれない。それでも私は断る理由を並べて、申し訳なさそうに言うと桐谷課長の目が鋭くなったのを見落とさなかった。
「なんの用事?」
「あ、あの今日は実家に帰ることになっていて」
「誰かに行くなって言われたのか?」
一瞬、ドキッとして目を見開いた。それはまるで蓮に言われたのかと聞かれたような気がして、次の言葉を探すのに視線をアスファルトに落とす。
「今日は帰れないって俺が井上さんの実家に電話してやるよ」
そ、それは困る。
そんなことをしたら嘘がバレてしまう。
まさかこんな形で桐谷課長に切り出されるとは思ってもいなくて……
どうしたらいいのかと目が泳ぐ。
でも……
もうどうすることもできなくて……
「私から電話するので大丈夫です」
そう私が言うとニコッと笑った桐谷課長が
「じゃあ、行こうか」
と私の肩に手を回して……
その手を払う勇気がなくて……
流されるまま私はタクシーに乗っていた。
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