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「どうぞ」
そう言って桐谷課長は椅子を引いてくれて、私は座る前に桐谷課長の顔を見た。
「こういう所は嫌だった?」
と、眉を上げてニコッと笑った。
「……いいえ」
本当は……正直言ってこういうレストランは来たことがなくて、私はどっちかというと居酒屋とか家族連れで行けるレストランとかの方が落ち着く。
蓮とだって高級レストランに行ったことがない。
それは私が苦手なことを知ってるからで……
だから蓮だったらこんな所を選ばない。
「早く座って」
「は、はい」
引かれた椅子に座るとどこから現れたのか支配人っぽい年配の男性が現れて、
「いらっしゃいませ」
とお辞儀をして料理の説明を始めた。
でも私はそんなことなんてどうでもよかった。
ただ早く蓮の待つ家に帰りたくて、蓮に会いたくて……
蓮を想うと胸がチクチクと痛み出して鼻の奥がツーンと痛くなり、私は綺麗な夜景を眺めて涙を飲んだ。
「さあ食べよう」
「……はい」
ナプキンを膝の上に乗せていると、
「ワインでいい?」
え……ワイン?今日飲むつもりはまったくなくて、
「いいえ、ワインは……」
「一杯ぐらい付き合ってくれよ」
「え……でもやっぱり今日は……」
だめだ。桐谷課長の勧めに流されてしまう。
「井上さんって上司の頼みも聞いてくれないんだ?」
上から目線で言ってきた桐谷課長に上司という言葉を言われれば断れるはずがない。
それを分かって言ってくるなんて……
私はお酒の中で一番ワインが苦手でしかもワインを飲むすぐ酔ってしまう。
赤いワインがグラスに注がれていくのを黙って見つめ、ギュッと唇を噛み締めた。
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