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向かいに座る桐谷課長が赤ワインの入ったグラスを目線まで上げて、
「乾杯」
と、言って私に微笑む。
私は仕方なくグラスを持って、
「頂きます」
そう言ってグラスを口元へ運ぶと独特な匂いが鼻腔を擽り、眉間にしわを寄せながら口内へ流した。
やっぱりワインがおいしいと思えず二、三口ほど飲んでテーブルへ置くと、また桐谷課長がワインを足していく。
「もう飲めないので……」
「遠慮しないで飲めよ」
遠慮なんてしてない。ほんとにワインは無理。
それなのに私の願いも虚しく桐谷課長の強引な行為に崩れていく。
このままでは桐谷課長の思惑通りになってしまうので私は声を掛けた。
「あの……仕事の話ってなんですか?」
「仕事の話?ああ……」
桐谷課長がグラスをクルクル回すとワインが波を打つ。それを私は黙って見つめていた……
「仕事の話なんてないって言ったら怒る?」
含み笑いを浮かべた桐谷課長と目が合った。
それって……
私を騙した……ってこと?
「嘘……だったんですか?」
「嘘じゃないさ。俺はただ井上さんに興味があるだけ」
酷い……酷すぎる。
私がどんな思いでここに来たか……
仕事の話って言うから……だからここに来たのに。
すべて嘘で私は桐谷課長の暇つぶしの相手ってこと?
悔しいさと虚しさが交わってだんだんと目に涙が溜まってきて……
蓮、蓮……
と、何度も心の中で叫んでいた。
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