23章

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「それだけでかい声出せば聞こえてるって」 呆れ顔でフッと鼻で笑って、それでもまだフォークを置くことはなくて、そんな桐谷課長に腹が立ってくる。 「話はそれだけですか?」 睨み付けるようにきつい口調で私が言うと桐谷課長はやっとフォークをテーブルに置いて、 「資料室で淫らな行為をしてるなんて知られたくないよな、井上さん」 「……っ」 口元は笑っているのに目は笑っていなくてそんな桐谷課長の視線に思わず息を飲む。 淫らな行為…… そう言われた私は恥ずかしくて顔を伏せた。 確かに資料室で…… でもそれをなぜ桐谷課長が知っているのか。 桐谷課長がこっちへ戻って来てから蓮と資料室に行ったのは……二度ほどで…… それを桐谷課長は見ていたっていうの? 蓮とのキスを見られていたの? 何も言えない私に桐谷課長は追い打ちを掛けるようにポケットに手を入れて…… 「この意味わかる?」 と、ホテルのキーを見せた。 そしてガチャンと小さな音を立ててそのキーをテーブルに置くと、 「井上さんならわかるよな?」 と、桐谷課長は薄笑いをしてワインを飲んでいる。 私の心臓が激しく動き出して、掌にじんわりと汗が滲んでいく。 この意味は…… 私でもわかる。 口止めということなんだ。 ばらされたくなかったら……私が桐谷課長と…… 私はスカートをギュッと握り締め、込み上げてくる涙を必死で押さえようと息を止めた。 誰かに助けを求めるなんてできないこの状況は自分で判断をするしかなくて…… もしばらされたら…… 蓮が…… 「私が桐谷課長と……」 か細い声で言うと、桐谷課長は不適な笑みを浮かべて、 「うん?聞こえないな」 と、わざとらしく笑う。 私の判断は間違っているのかもしれない。 でも今は蓮の立場を考えたら……私のできることは…… 「わかりました」 そう言うしかなかった。
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