23659人が本棚に入れています
本棚に追加
「海外赴任の話が出た時……俺は付き合っている女がいた。そいつと結婚するつもりでいたら……フッ、海外赴任の話だよ。ほんと参ったぜ」
桐谷課長は呆れたように鼻で笑って小さいため息を付いた。
「一緒に海外へ行こうと言えば夢を掴んだばかりだから行けないと断られ、遠距離恋愛を続ければ男ができたと別れられ……神堂があの時、海外赴任に行っていれば……」
私は何も言わず桐谷課長を見ているしかできなくて……優しい言葉も慰めの言葉も言えなかった。
「似てるんだよ……」
え……似てる?
桐谷課長は懐かしそうに微笑み、
「井上さんが……別れたあいつに似てるんだ……声も仕草も……すべてが似すぎてる」
「桐谷、お前だからって美優を」
「最初は神堂を落とし入れるつもりで井上さんを部下につけて近付いたさ。でも……一緒にいればいるほど……」
「美優はお前の別れた女の変わりじゃない!」
蓮は激しく怒りをぶつけて怒鳴った。
「女一人ぐらい不自由してないだろう、神堂。だったら井上さんを俺にくれよ」
「ふざけるな」
「井上さんも神堂じゃなくていいだろう?」
桐谷課長は私と彼女を重ねている。きっと今でもその彼女のことが……忘れられないんだと思う。
だから錯覚しているんだ。
私が彼女に似ているから。
「桐谷課長、私は……私は蓮から離れません。どんなことがあっても私は蓮を嫌いになることなんてありません」
ハッと息を止め、目を開く桐谷課長の顔がだんだん暗くなっていって……
それは生気が消えかかったように虚脱していった。
最初のコメントを投稿しよう!