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あの日……
美優がトイレで女子社員達の噂を聞いたと言った日。
噂を話していたのはたぶん秘書課の女子社員達だったんだろう。あいつらは俺達より情報を持っているから……すでにこの話を知っていたんだと思う。
俺は、専務に呼ばれていた。
それは前触れもなく、予想外の言葉だった。
「神堂くん。突然で済まないが……君にニューヨークへ行ってもらいたい」
呆然とした俺はきっと瞬きも忘れるぐらい目を見開いていただろう。
「年明けには行ってもらうつもりだが……」
断れるはずがなかった。
それは以前、俺が断って桐谷が代わりに海外赴任になったから。
そんな俺にはもう拒否という選択なんてなかった。
「ニューヨーク支社の経理を三年で立て直してほしい」
断ってここを退社するほど俺にはそんな勇気なんてない。
この与えられた任務を俺は引き受けるしかなかった。
「……わかりました」
「そうか。そうか。じゃあ、あとは桐谷くんに業務を引き継いでくれるかね」
「はい」
俺が一人なら海外赴任ぐらい行ってもいいと思えた。
でも今の俺には……美優がいる。
なんて言って美優に切り出す?
一緒に行こうって簡単に言えることなのか?
「ちきしょー」
廊下に出た俺は拳を握って壁を叩いた。
「美優……」
俺の名前を呼ぶ美優の笑った顔が何度も繰り返し頭に浮かぶ。
「なんで今なんだよ……」
壁に寄り掛かったまま俺は天井を見つめていた。
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