1.天は彼女に五物を与えてしまった

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彼女が天から与えられたもうひとつの五物、そのうちのひとつが今まさに発揮されようとしている。 120秒もある長いイントロが終わりに近づきAメロ前の最後のフレーズが流れはじめると、奈乃は大きく息を吸い込んだーーーーー 「あぁさやけが、のぉぼるー~ー♪」 外したぁーーー!!今日もスタートからフルスロットル!!ファーストコーナーでコースアウトだぁーーーーーっ!! もしこの場に実況アナウンサーがいるならこんな風に叫ぶんじゃないだろうかと思う。 「くぅものなぁいこぉのぉまちぃでぇ~ー~♪」 2フレーズ目にしてもう元の曲が何なのかわからない。 ここが屋外なら空を飛ぶ鳥は皆、真っ逆さまに落下するんじゃないかと思うほどにすごい外しっぷりだ。 ワンフレーズ歌い終わるたびに音楽という枠から離れていくその曲を当の奈乃は必死に歌い続けている。 本人曰く、CDで聞いた通りに歌っているらしい。 だがもはや似ている似ていないどころの話ではないので早くその壊れたCDを新品に取り替えてもらいに行きなさい、というかその前にアーティストに謝れ!と言ってやりたいところだ。 まぁそんなことはたとえ絶命しようとも言えないのだが、今日だけで同じ曲を3回も聞かされていればそんな気持ちになるのもわかってもらえるだろうか。 「ぃま、すぐ君をだぁきぃしめたぃ~ー~♪」 そうこうしているうちにサビに突入。 正直、1回目はどこを歌っているのかさえわからないまま気がついたら曲が終わっていたくらいだ。 しかし3回目にしてようやく耳がなれてきたらしい。 彼女が曲のどこを歌っているのかなんとなくだがわかる。 まぁ主に後ろの演奏のおかげでなのだが… そんな俺の心も知らずに奈乃のリサイタルは続くのであった。
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