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さて、闘争の時間だ。俺は何故か死ぬほど落ち着いている。真ん中の男、上段から斬り掛かってくる。左の男、突きを入れようとしている。右の男、俺の胴を払うような撫で斬りを放っている。
俺は焦らずに曲刀の軌道と、その延長線上を予測し、絶対に当たらない位置へ――と言っても、今いる位置から数歩、左に移動する。
ガキンッ!ギャリンッ!
目標を失った曲刀は、虚しく地面を叩き、空振り、仲間を巻き込み、それぞれたたらを踏む事となった。
俺はノエルを背負ったまま、悠々と彼らの背後に回った。
「さようなら」
メキョ グボッ グシャ
無防備な背後から、それぞれ延髄に俺のカカト落としをぶちこみ、山賊は虚しい生涯を終えた。
「ノエル、ちょっと降りててな?馬車を起こすわ」
「むぅ、しゃあないなぁ」
不満気なノエルを下ろし、俺はバタバタ暴れている馬をなだめ起こし、馬車も楽々と立たせた。そして、無様に下半身をさらして気絶している娘のスカートをそっと直し、その頬を軽く張る。
「おいっ、起きろ」
「……わたくしは……えっ!?きゃあああああっ!?やめてやめてやめて……」
山賊と勘違いしたのか、さっきの恐怖が戻り錯乱する女に辟易しつつ、俺はさらに強く平手を打った。
パァン!
「落ち着けッ!山賊は倒した。残念ながらお前の使用人は皆死んだが……取り敢えず正気になりな」
「えっ……あの……はい。助けていただき、大変ありがとうございます…その」
「ああ…俺は氷室純太だ。ジュンタと呼んでくれ。このちっこいのはノエルだ」
「あっ、ありがとうございましたジュンタ様……ありが…うっ…うううう…」
「ああ、恐かったな?だがもう大丈夫だ。俺らは街まで行く用事があるから、街までなら送っていくしな?ほら、大丈夫大丈夫」
俺はその身なりのいい娘を抱いてやり、泣き顔を隠してやった。声を殺して泣いてはいるが、肩を激しく震わせている。
きっと金持ちのお嬢様なんだろうが、こうしてみればただのティーンエイジャーに過ぎない。目の前で人が殺され、あまつさえ自分が犯されそうになったのだ。
絶対的に抗えない状況におかれた人間の恐怖は、きっと計り知れないものなのだろう。ましてや女だ。
そして、ひとしきり泣いた娘は、やがて恥ずかしそうに顔を上げた。
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