始まり

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某週刊誌会社前にて、二人の男性が右往左往していた その内の壮年の男性は腕時計を睨みつけながら切羽詰まったように呻く 「―――どうするんだ!!あと5分!!あと5分で原稿が届かないと…」 「今週号はおしまいだーーーーーー!!」 その隣で眼鏡を掛けた男性が頭を抱えて叫んでいた その二人の背後からもう一人、茶髪の男性が会社内から走り出てきた その表情は確かな希望に満ち溢れていた 「ご心配なく!!もうすぐ業界最速の自転車便が運んで来ているらしいです!!」 「最速?」 茶髪の男性の言葉に壮年の男性は訝しげな表情を浮かべる 「あっ!!来ました!!!」 しかし、その顔は眼鏡の男性が驚愕の声をあげ、前方を指差すのを見て、ついと視線を前方に向けた 三人の男性の視界に超高速でこちらに向かって来る自転車が見える 自転車は明らかに危険な速度で走っていたが、危なげなく三人の男性の前で停止してみせた 唖然とする三人の男性に構わず、自転車を漕いでいた青年はかぶっていたヘルメットを取り、荷台から封筒と一枚の用紙を取り出した 青年はそれを壮年の男性の目前に差し出した その紙と目の前の青年を交互に視線を移す壮年の男性に青年は無愛想にこう告げた 「自転車便の綾崎隼人…です、伝票にサインを。」 「…どうも」 無事にサインを貰い、その証明書を荷台に突っ込む 「ちょっと君―――」 そのまま自転車に跨がり、漕ぎ出そうとした瞬間、依頼主の男が呼び止めてきた またか、と言い出しそうな口を無理矢理閉じて聞こえない振りを貫く どうも俺は口下手で無愛想な質で、初対面の人間とは上手くいった試しがなかった 自分でもそれは自覚しており、それが原因でこれまで何度もアルバイト先の上司と険悪になり、クビになったのは数え切れない だからなるべく話さずにさっさと帰ろうとするのだが極稀にこうやって呼び止めて説教を垂れる大人がいるのだ 正直自分の無愛想さや口の悪さは自覚しているので、改めてあれこれ言われるのは鬱陶しくてたまらないのだ なので無視して自転車を進ませた俺の背後に聞こえてきたのは… 「いや、その先階段が―――――――」 という言葉と、前輪が階段を越え、宙に投げ出される浮遊感だけだった。
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