1、ハヤシムラ

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「お兄ちゃん、やばいよ。ハヤシのやつ、おじさんがまだ眠ってたことに気付いたっ。洗面所に来ちゃった。頭、洗う気だ」 「嘘だろっ。だって寝てたのは一本だけだろ。何で…」 「違うよ。おじさんだけじゃなくて、もっといっぱいいる。生え際区に五本いるって」 「生え際区か…」 カミタが思わず繰り返したのは、その場所がハヤシムラの中でも、つむじ区に次いで衰退している地域だったからだ。 「もう死んでるのかな」 「多分。でももう間に合わない。私達も踏ん張らなきゃ」 アデコが言い終わるのとほぼ同時に、水道の音がした。更に生え際区の方向から湯気が立ち上る。 「踏ん張れー」 何処かで掛け声がした。 それに続くようにムラ中の髪の毛が掛け声を合わせる。 「踏ん張れー。踏ん張れー。踏ん張れー」 カミタやアデコも同じように叫んだ。 十回ほど叫んだ頃、主人であるハヤシの声がした。 「よおし。良い温度だ。これはきっと気持ち良いぞお。昨日はサクセスも買ったんだ。育毛チャーンス」 間抜けな台詞に、アデコが堪えかねたように声を張り上げる。 「ふざけんなハーゲ!朝からシャンプーなんてしてたらもっとはげるぞ」 「おい、いいから黙ってろ。今はとりあえず踏んーー」 次の瞬間、上方から凄い勢いの水流が降り注いできた。カミタは声も出せないが、ムラのあちけちから悲痛な叫び声が聞こえてくる。
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