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「お兄ちゃん、やばいよ。ハヤシのやつ、おじさんがまだ眠ってたことに気付いたっ。洗面所に来ちゃった。頭、洗う気だ」
「嘘だろっ。だって寝てたのは一本だけだろ。何で…」
「違うよ。おじさんだけじゃなくて、もっといっぱいいる。生え際区に五本いるって」
「生え際区か…」
カミタが思わず繰り返したのは、その場所がハヤシムラの中でも、つむじ区に次いで衰退している地域だったからだ。
「もう死んでるのかな」
「多分。でももう間に合わない。私達も踏ん張らなきゃ」
アデコが言い終わるのとほぼ同時に、水道の音がした。更に生え際区の方向から湯気が立ち上る。
「踏ん張れー」
何処かで掛け声がした。
それに続くようにムラ中の髪の毛が掛け声を合わせる。
「踏ん張れー。踏ん張れー。踏ん張れー」
カミタやアデコも同じように叫んだ。
十回ほど叫んだ頃、主人であるハヤシの声がした。
「よおし。良い温度だ。これはきっと気持ち良いぞお。昨日はサクセスも買ったんだ。育毛チャーンス」
間抜けな台詞に、アデコが堪えかねたように声を張り上げる。
「ふざけんなハーゲ!朝からシャンプーなんてしてたらもっとはげるぞ」
「おい、いいから黙ってろ。今はとりあえず踏んーー」
次の瞬間、上方から凄い勢いの水流が降り注いできた。カミタは声も出せないが、ムラのあちけちから悲痛な叫び声が聞こえてくる。
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