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あたしを乗せたタクシーは、次第に住宅街を離れていく。
周囲の景色も明るく派手な店へと変わっていく。
しかし、外見は派手だが辺り一帯はまだ閑散としている。
欲望の街。
たくさんのお金が飛び交う街。
目的地に近付くたび、あたしの心は冷めていった。
「こんなとこでバイトしてるんだ。カプリチオだけでも大変なのに。」
ボソッと自分だけにしか聞こえないくらい小さな声で呟き、シートに深くもたれながら、窓から気だるそうに眺める。
開店準備をしているであろう、ボーイ。
今からお店でドレスアップをするキャバ嬢。
「夜になると、ここら辺一体はパァーッと明るく華やかな街へと変身する。しかし、夜が終わると再び静寂な街へと戻るんだよ」
運転手のおじさんがゆっくり運転をしながら、寂しげに話をしてくれる。
「お客さん、ここが“アクア”だよ。今日、ここへ来るのかい?」
アクアの側でタクシーを止めて、今度はあたしを見ずに尋ねられる。
「ええ…」
力なく笑い、目の前に建つ白い美しい大理石の階段を見つめる。
巨大な白い欲望の城。
「所詮、お金で買った愛だ。最後に残るのは虚しさだけなんじゃないかい?」
運転手さんは窓を開け、タバコに火をつけ一吸いだけした。
そのタバコをすぐに灰皿へと捨て、少し間をおき
「そろそろ本当のお客さんの目的地へ向かいますよ。よろしいですか?」
と窓を閉めながら尋ねられ、あたしは、
「お願いします」
と静かに告げた。
ゆっくりと巨大な夢の建物が次第に遠ざかっていった。
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