第1章

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  廊下に目玉焼きの香ばしいにおいが漂っていた。 淡いピンクのエプロン姿で、るり子が廊下を歩いていく。歩く度に高く結った黒髪が揺れる。薫を朝食に呼ぶために書斎に向かっているようだった。 ―コンコン 書斎の扉を前に、彼女は軽くノックをした。 ――……。 返事がない。 彼女は首を傾げ、もう一度ノックをする。 ―――………。 「…先生?」 彼女はドアノブに手をかけ、そっと扉を開いた。 ―(もしかして、まだ寝てる?) 「入りまーす」 小声でそう言って、彼女は部屋に入った。 そこで彼女が見たものは、 倒れた椅子、散らばった書類、本の山… そして誰もいない部屋だった。 「またですか…」 彼女は落胆の声をあげた。 「すぐどこかにいなくなるんだから」 彼女は困ったように、しかし愛おしそうに呟いた。
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