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「色のない世界?」
紗枝が言葉の意味が分からないというように同じ言葉を繰り返す。
君たちと言うからにはその問いは玲斗にも向けられているのだが、玲斗には答えられなかった。
色のない世界。
それは玲斗が日々見ている世界そのものだったからだ。
左目を事故で失明したとはいえ実際に色が見えないわけではない。しかし、玲斗には世界が色付いているように見えたことは一度もなかった。
眩しい朝陽に照らされる葉の上の露も、夕焼けに迫る夜の帳も、夜の闇に映える街の光も。
なぜそうなのかは玲斗自身にもわからない。日常の些細なきらめきや映像でみる世界の絶景はスケッチブックに描かれた鉛筆画のように精巧ではあるが、明暗があるだけの無味乾燥としたものなのだ。
「きっと誰も抱かない疑問さ。だからこそ君たちはそれを知るべきなんだ」
玲斗から反応がないことに笑みを深めた男がポケットに入れていた手を差し出した。そこには何も握られていない。
ただ一枚のテレフォンカードほどの大きさを持つ黒いカードだけが光を放っていた。
「色とはすなわち心を最も目に捉えられやすくしたものであり、色の数はヒトの数だけ存在する」
男は笑顔の仮面を取り払った無表情で言い放った。玲斗には男の顔からも色彩が抜け落ちたように見えた。
白一色の世界。
全てが死に絶えてしまったかのような無機質な白い世界。
その世界に何色ともつかない不気味な色が広がる。 発光元は男の手にある一枚のカードだった。
「きゃあ!」
紗枝の悲鳴が鼓膜を揺さぶる。
「……っ! 何だ、これ!!」
突然変化した状況を理解できない苛立ちを即座に吐き出して、玲斗は男を睨みつけようとした。
だがそこに男の姿はなかった。
カードだけが宙に浮き、不気味な世界に不気味な光を放っている。
「君なら期待に応えてくれそうだ。楽しみにしてるよ」
男の言葉だけが空気を震わせ全てが光に包まれていく。 玲斗と紗枝は光に包まれ、消えた。
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