零色-無色透明-

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男はこっそりと墓石の裏から姿を表す。 「無事に扉を抜けたね。表界(ヒョウカイ)も捨てたもんじゃないな」 男は親指と中指をくっつけて、弾く。小気味好い音が無音で白い世界を崩す。 一瞬にして世界は元の姿を取り戻していた。青い空に緑色の葉、心地よい初夏の風。 「眼帯の彼……きっと上手くやってくれる」 うん、と一つ頷いた男は霊園の外に歩を進めた。スキップでも始めるのではというくらい軽い足取りの彼は、はたと何かに思い当たったらしくゆっくりと減速。 入口の脇にある自販機前で足を止めた。 「彼と一緒にいた少女は無事に家に帰せたかな? じゃないと彼に怒られてしまう。後で確認しないと」 口元に手を当て、片方の手は自販機に小銭を投入している。体に悪そうな色のスポーツドリンクのボタンを押し、出てきた商品をまじまじと観察。 「表の世界から一人引き抜いても神様怒らないでくださいね」 きっと住人が一人消えたところでこの世界は変わらない。日常というのは実に上手くできていると彼は思う。 「だって日常なんてものは客観で決まるものじゃなくて、人の主観で決まるものだから」 近所で誘拐事件が起きたとしても、それはさらわれた人間の日常が終わりを告げるか、劇的に変化するだけ。近隣の住民は多少の恐怖を覚えるだけで変わらぬ生活を送るのだろう。 仮に家族のいない眼帯の少年が一人失踪したとしても誰の日常も変わらない。 日常が世界を形作っているなら世界は気づかないはすだ。 個人の主観が世界として存在する限り、大切な物を失い続けるのがそれの有り様。 「みんな自分の世界を絵にして描いてみればそんなことにはならないのになー」 そんなことを呟き、彼は霊園をあとにした。行き先はもちろん中村紗枝という少女の家だ。
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