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世界は美しい。
誰もが息を詰めて見入ってしまうこの色とりどりの景色は人の心を捕らえて放しはしない。
「…………」
彼も世界の色に魅力された一人の人間だった。
広がる緑の豊さ。その遠目にうかがえる海に沈む太陽の燃えるような赤、それが青いきらめきに華を添える。
小高い丘の上から見下ろす視線の先、彼はある一点に視線を落とす。
それは一つの街。あるいは国。はたまた世界。
高い壁の内側、テーブル状の大地に乱立する建物は中央が高く外側にいくにしたがって低くくなるように立ち並んでいる。しかし中央の建物でさえも壁の高さには三分の二程しか届いていない。
内側からは決して見られない景色。中央にそびえるのは尖塔や壁に細工の施された立派な城だが、外側を囲む壁の余りの大きさに存在を飲み込まれそうになっている。
『裏界(リカイ)』それが
この街であり、国であり、世界の名。
だが彼はもう知ってしまった。
「これが私達の生きている世界なんだな」
薄い墨色に近い布を纏い彼は呟いた。
フードが目深に被さっているために口元しか窺うことはできないが、その口元すら何の感情も浮かべてはいない。
世界とは全てが色によって成り立っている。これは裏界の者なら誰もが知る万物の仕組みだ。
例え天変地異が起ころうと、世界がなくなってしまおうと変わりはしないのだろう。
しかし彼は気付いた。
いや、気づいてしまった。世界には残忍な破壊者、美しい世界を黒に染める存在があることに。
破壊者……世界で一番汚らしい色。
それは手が届くものだけでは飽きたらず他人の命や幸せまでも奪い己が欲のみを満たす、黒。
彼は許せなかった。
世界を黒に染めるべく数を増やす存在が。
当然のように世界を蹂躙する存在が。
今までそれに気付こうともしなかった存在が。
だから望んだのだ。
美しく素晴らしい色だけの世界を。
一滴の黒もない澄んだ世界をと。
「裏界の外に出るのが禁忌だという理由それが今わかった。世界は……美しすぎる。それこそ人など酷く汚れて見えるくらいに。なら人である私は一体……」
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