始まりの話

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言いかけた言葉を自ら頭を振り否定し、彼は今から描かれる絵画の下絵を哀しみで描き上げる。 それは決意なのか諦めなのか。 答えは否、それは彼が求める理想の完成形への一歩。 今まで描いていた仲間、故郷、自分、世界、そして理想。自身がこれから行うことによりその全てが塗り替えられる。 引き留めるように強風が体を叩く。 風を受けてもフードが飛んでしまうことはなく、ばさばさと音を立てるだけだった。 「……止められぬよ。過ちは繰り返され続けた。夜の帳(トバリ)のように人の欲は必ず世界に影響を与える――」 彼は愛したこの丘の上で絵筆の始まり、一点を描く。 空疎な世界というキャンバスに下絵は仕上がった。 右腕だけを布から出し、彼は詩を読むようにして世界に色をつけていく。 我、内に色想を宿し黒を裁く者 深海よりも深く 夜を覆う程に広がる 我が色想【藍鉄(アイテツ)】 描こう、その色を 彼を中心として空気に波が走った。右手には一振りの剣の形を取った藍鉄色の霧。 そして…… 全ての動きは、停止した。 彼を留めようとした強風は息を止め、空気は凍結し世界を支配する藍鉄色の闇は万物の活動を停止させたのだ。 それは世界そのものが呼吸を止めて次に起こることを見ているかのようだった。 ――最初はほんのわずかなズレ。 それは色。眼下に広がる光景は藍鉄色から色彩を取り戻し、赤色と橙色に包まれ、それなりに大きさのある『裏界』の半分が炎の中にあった。 鼻をつく臭いが風に乗って彼に当然の結果を伝える。 目の前に広がっている光景が美しいと感じるのは色があるからだろう。沢山の黒(ヒト)で塗りつぶされていたあの街は今や赤(ホノオ)一色。 「……どんなに醜い人間でも死の瞬間だけは美しい色を見せる。今までの罪(クロ)を清算する為に死という色があるのなら生きるうちに色を持つのは罪か」
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