願いの墓

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今思うと、あれは夢のようだった。 否、夢だったのかもしれない。 マユやダイスケに話をしても、『あの日は私たちは部室にいなかった』の一点張りか、はぐらかされるばかりだったのだ。 だけど、カオリが去り際に見せたあの笑顔。 あれは、8年経った今でも1日たりとも忘れたことは無い。 そして、『カオリの願い』も…。 「そろそろ時間だけど、ユウジ用意できた?」 「…うわぁ」 ウェディングドレス姿のマユ。 いつもの活発的な印象は微塵も感じられず、ただ優雅の一言に尽きるばかりだ。 『マユを、幸せにしてあげて』 カオリの願い。 自分より他人の幸せを優先…それが、あの時カオリらしい願いだと感じた所以だ。 「あっえと…俺は準備できてるけど」 「そう、じゃあ行こ?」 結婚式。 教会で永遠を誓った俺とマユ。 マユは幸せそうだった。 ダイスケは友人代表としてスピーチをしてくれた。 泣きながら俺達を祝福してくれたダイスケを見てもらい泣きしてしまったが、最後の『俺は今でもマユちゃんが大好きだー!!』には笑ってしまった。 狭いアパートを借りて二人の共同生活は始まった。 最初は慣れなくて疲れたりしたけど、マユとの楽しい生活を実感できた。 結婚してからそう経たない内に子供ができた。 ダイスケに報告すると、すすり泣く声が聞こえ、なにやら呪文のような声が聞こえた。気がした。 そして約10ヶ月後。 「女の子だよ!」 「え、ウソ、やったー!」 仕事の都合で出産に立ち会えなかった俺は、勤務終了と同時にすぐ病院に向かった。 なぜ性別を聞いて喜んだのか、それはマユが『産まれるまでヒ・ミ・ツ』と教えてくれなかったからだ。 病院に着き、ベッドで横になっているマユの隣に座った。 「女の子かぁ…私に似て可愛くなるよ」 「そうだね」 「ちょ、その反応はなによ!」 冗談を言い合いながら楽しく笑える。 それもこれも、全てカオリの願いが無ければこんな明るい未来は待っていなかったのかもしれない。 「あ、そうだ。名前…は良いよね?」 マユは、聞かなくても分かる、そんな顔をしていた。 「あぁ、決まってるよ」 俺はそんなマユを見て、静かに微笑んだ。 「…カオリ」 俺とマユの目の前には、俺の記憶に刻まれていた、あの笑顔のカオリが立っていた。
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