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深い森
彼は白い家の中で一人、住んでいる
感情を忘れた‘無’の男だった
もう、人間では無いのかも知れない
彼は、何もないこの森で、一人、生きていた
森の囁きに瞳を閉じ
風が白いカーテンをふわりと持ち上げる
強い陽射しは木々に遮られ
光の筋が幾重にも降り注ぐ
川は清く流れ、木漏れ日の光を浴びて、美しく輝く
そんな世界で、男は一人、生きていた
揺れる椅子に座り
森の囁きを聞き
風の歌を聴き
男は時間のない時間の中で生きている
ふ、と
風の音に混じり、微かな歌声を聴いたのは幻聴か
人間が、一人しか居ないこの世界で
人間の言葉など、とうの昔に置いてきたこの世界で
微かに聞こえたその歌声は、懐かしい世界の歌か
男の瞳に、少しだけ光が宿った気がした
彼は、気付いていない
だが、誘われるように、彼は久しぶりに歩き出したのだ
それは、奇跡
それは、必然
*
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