プロローグ

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一本の木から、無数の花弁が飛び交う。風の中を紙吹雪のごとく舞うそれは ―――さくら… いや、さくらではない。人々はこの状態をさくらと呼ばない。しいて言うならばさくらの「なりそこない」。さくらは薄紅色。しかし、この華は闇夜でも目に付く色をしている。 雪の色によく似た色で身をまとう、人差し指の爪ほどの花弁の一枚一枚に、胚珠が子房で包まれている。つまりは、花弁そのものが種子となるのだ。 桜と違う部分は他にもある。 その華は土の中の養分や、水、日光の他に必要とされる要素がある。 「鉄分」とでも言っておけば予想がつくだろうか。紅の、常に液体となって存在する。 ―――生き血… 彼らはそれを養分とする。虫を食らう植物があるのだから、なんら不思議はない。問題があるとすれば食らい方。生き血をすする花弁にある。 花弁の表面は細かなノコギリ状になっており、皮膚にわずかにかすめただけで簡単に傷がつく。さらには多少の毒まで含まれている。人の皮膚に触れた時、毒が発動し赤く花弁の跡が付く。数分たってから、徐々に赤みは痺れと痛みを連れて広がる。 そして大量の花弁、花吹雪が吹き荒れれば最後。全身から多量の出血、さらには花弁の毒が身を包む。 塵も積もれば山となるとは言ったもので、死は、ほぼまぬがれられない。 生き血をすすったその花弁は、全体が一定の色に染まる。 そう、薄紅色に……… 地に落ちたその花弁を見て初めて人々は呼ぶ。 狂乱の殺人華、 「裂乱ーさくらー」…… .
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