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物静かな墓地には、水が滴る音がやけに大きく聞こえる。墓参りの時期には少しズレた春の風が、少女の焦げ茶色の髪を撫でた。
亜谷 葉(アタニ ヨウ)は桶から水をすくって、再び墓にかけた。
「ちょっと久しぶりだね、おじい…」
大好きなその面影を浮かべて微笑む。
「おじい、私ね、今日から新しい学校に通うんだよ」
制服の胸に刻まれたワンポイントを、墓に見せるかのように指し示す。
「国家防衛隊附属進学校」
それは確かに、その学校のワンポイントだった。
「私、防衛隊に入って護れる人になろうって思ったんだよ。おじいとの約束、守りたいから」
風が何かを運んできた。
桶の水にひとひら、白い花弁が水面を揺らした。
また誰かが、この花弁の犠牲になっているのだろうか。
桶の中の花弁をおもいっきり踏み潰したくなる。人が傷ついていくのは嫌だった。
「まだ何部に進むかは決まってないんだけど…やっぱり国察部かなぁ?」
見慣れた二人の顔が浮かぶ。
あの人達の部下は…とりあえず嫌だ。
葉の深いため息が、静かな空気に溶け込む。
桶を持って立ち上がる。
また来るね、と墓に微笑み、少女は子猫のような足取りで来た道を駆けてゆく。
墓場は再び、静けさを取り戻した。
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