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新月だった。
闇夜には星の明かりだけが目に飛び込む。
そんなわずかな光さえも届かぬ闇の中に、男が一人、その木の下にたたずんでいた。
真っ白な花弁を持つその木は、闇の中で異様に光っているかのようだった。
身に付けている薄手の防衛具は、花吹雪に巻き込まれれば一環の終わりだと見てわかる。その上からコートを一枚、羽織っていた。
手には刃の厚い斧。
彼は三日前、妻を亡くした。結婚して三ヶ月で最愛の人との幸せな暮らしは強制的に幕をおろされた。
「裂乱」によって。
俺が…俺が切る……。
風が止み、荒い息使いだけが闇に響く。
男は斧を振り上げた。
何故、動かない……?
斧を振り上げた状態で、男は硬直する。幹はもう、目の前にあるのに……
汗が、首筋をつたう。
息が、先程よりもさらに荒くなる。
「は……はは……」
顔が、汗と涙で潰されたように歪んでいる。
男は持ち方を変え、斧の刃先の向きを変えた。
刃先の真下に、自らの頭骸骨。
「…は…はは…ぁあ…」
重さで、ぐらりと刃が傾く。
「あぁ……あ…」
震える手が、力なく落ちた。
鈍い音が、止んだ風の代わりに叫ぶ。
なりそこないは、まだ温かくしたたる血を食らい、「さくら」になった。
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