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「…まだ何か」
青年は眉にしわを寄せ、迷惑そうな顔をした。
「あの…不思議な格好をしていらっしゃるのですね」
なるべく長く話をしたい。
小春は直接本題に触れぬように、できるだけ遠回しに話を進めるつもりだった。
「えと…素敵なご趣味で…」
「着物」
しかし小春の話は途中でさえぎられる。
「これは着物といいます。履き物は下駄、腰に刺さっているのは刀という刃物です。一種の民族衣裳のようなものです。
では急ぎますので、失礼します」
どうやら青年はさっさとこの場を立ち去りたいようで、早口に説明が開始され、15秒とかからぬうちに小春の疑問をあっさり解決してしまった。
「あ、あの…!」
再び立ち去ろうとする青年を必死で引き止めようとする。
「あまりしつこいと、そこにいる国察に突き出しますよ」
青年はそう言って顎で先ほどの野次馬の集団をさす。
国察は撤収作業を始め、野次馬も散り始めていた。
気のせいだろうか。人々の歩調が急いでいるように見える。
柔らかな風が、小春の頬を撫でた。
背筋から冷たく血の気がひいていく。
誰かが叫んだ。
「花吹雪だ!」
途端に風が強くなり、花弁が舞い上がる。
人々が慌てふためいて逃げまどう。
小春の肩に、数人がぶつかりながらも必死に逃げ出す。
見ると、青年は動揺もせずに木を睨み付けていた。
小春は舌打ちして、かついでいた傘を広げた。人が一人、覆われてしまいそうな大きさの傘を、青年を守るように持ち、360゚、青年を中心として円を描くようにして回し、四方八方からの花弁を防ぐ。
と、青年に腕を掴まれる。
「俺よりもあっちへ行け」
口調が変わった青年が示す方向には、転んで孤立した子供が一人、今まさに花弁の餌になろうとしていた。
「…っでも…!」
「早く行け!」
鋭く言い放たれた言葉に一瞬びくつき、頷く。
小春は子供の元に駆け寄り、傘を広げる。
防衛具は破け、腕から足まで痛みが駆け巡る。
彼は大丈夫なのか。風がやむまで待つよりほかなかった。
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