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風の音が止んだ。
飛び交う花弁の中で、少女が肩で呼吸をする音だけが響く。全身に赤く花弁の跡が所々付いていた。いずれ腫れ上がるだろう。
傘を閉じ、痺れが全身を襲う。小春はうずくまっている子供に近寄る。小春よりひどい状態ではあったが、命に別状はないようだ。
すすり泣く声が痛々しげに聞こえる。
「もう大丈夫だよ…」
優しく声をかける小春が、子供に手を伸ばす。
触れるより先に、子供は小春の腕に飛び込んだ。
「うわぁぁぁぁ…」
子供が腕の中で何かが切れたように、泣き始めた。
彼は、無事だろうか。
小春は周囲を見回して、その姿を探した。しかし目に写るのは裂乱と、そのなりそこないだけ。
「見事なものだな。その傘は」
突然背後から声が聞こえ、飛び上がりそうになった。
そこにはあの青年。無事どころか、その白い肌には花弁の跡一つとして見られない。
小春は目を疑った。唇は動くのに、声が出ない。
「まずいな」
青年が再び眉をひそめる。視線の先は宙。
「もう一発くる」
「え………」
小春が発した声と同時に、再び強い風に襲われる。
防ぎようがない。
小春は子供を庇うように抱き締めた。
「借りるよ」
青年は小春の傘を掴み取る。そして先程、小春がやったように360゚、小春達を中心に円を描くようにして回す。
そんなまさか。
あれは小春が父から継いだ才能で傘を作り、一年かけて独自で身につけた防衛方だった。
一度見ただけで、覚えてしまったというのか。
花弁が一枚も体に当たらない。小春より完璧な防衛だった。
風がやみ、再び静けさを取り戻したころ、傘を閉じる音が小春を我に返した。
「いい傘だな。性能も悪くない」
傘を手に返され、呟く。
思いがけない誉め言葉に、腫れ始めた頬をわずかに染める。と、こちらへ駆けてくる女性の姿が見えた。
子供の母親だろうか。いまにも泣きだしてしまいそうな顔で走ってくる。子供は泣きじゃくった顔で母に飛び付いた。
小春は横目でちらりと青年を見た。
その姿はすでにどこにもなかった。
「やはり袴をはいてくるべきだったな。どうにも動きにくい」
花弁の中でそんなことを呟いた。
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