ゴーストライター

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ゴーストライター

 僕が騙されたと気づいたのは、財布から出た一万円が素早く彼女の懐に吸い込まれた時だった。既に彼女はどこか遠いところを見ていて、手だけが僕の来た道を指差している。 「はい。貴方は帰っていいよ」 「……これって霊感商法ですか? それにしても雑じゃありません?」 「しつこいなあ。私は貴方に話すことはないのに。あのさ。どっちにせよ、今私がどうこう言ったところで貴方はその言葉を信じる?」 「信じませんね」 「そういうこと。あ、最初に言った通り返金は不可だから」 「はあ」  どうでもいいか。僕は胡散臭い屋台から踵を返し、気紛れに訪れた路地を抜けていく。最後に、『故人の想い、貴方に伝えます』と書かれた看板をちらりと見た。  その脇に、布で顔を隠している、まだ若そうな声色の女性。彼女は何を思ってこんなことをしているのか。僕は気になったが、気にする気にはなれなかった。  八番目の月が始まったばかりの夜。蒸し暑い空気を押し退け、幾度目かの詐欺に引っ掛かった僕は空を見る。  街明かりに星も隠れた夏の夜空。死者は星になると言うが、天国というのは何光年と離れた場所に在るというのだろうか。そこに行けば、彼女は居るのだろうか。  下らない妄想。決して下ることのない妄執。 「カヤ…………」  かつて何度も囁いた愛しいその音を、消え入るような大きさで空に飛ばす。一瞬、何処かで星が瞬いたような気がした。同時に、誰かに名前を呼ばれたような錯覚。  ──なおくん。 「────っ」  直後、僕は訳もなく走り出す。無性に叫びたい衝動を飲み込み、酸素を求めて口を開き、不安という闇が水のように喉に入り込む。  かつて恋に溺れた胸は、今は絶望に溺れていた。遂に力尽きて立ち止まったとき、肺が限界を訴え僕は喘いだ。  ──三ヶ月前。僕は事故で恋人を失った。  彼女を忘れまい。そう誓った僕に訪れたのは、綺麗事とはほど遠い現実だった。いくら彼女を愛していようが、徐々に薄れる記憶。感触。香り。温もり。  消えていく彼女の残滓を、狂うほどに僕は求めた。  街灯の下。空の光は、余りにも遠かった。
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