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〆
電車を降りて少し田んぼ道を歩けば、すぐに祖母の家に着く。昭和の時代と変わらない時間の流れるこの村では、各家には鍵などかかっておらず、引き戸は何の抵抗もなく開いた。
「こんにちは」
挨拶すると、家の奥から足音が聞こえた。色褪せた床はギシギシと軋み、この家の年季を語る。
そして間もなく、嗄れた声と共に祖母が現れた。僕の顔を見ると、瞳を輝かせ顔を綻ばせる。
「おやおやまあまあ……久しぶりだねぇ」
「うん、久しぶり婆ちゃん。お盆の間、お世話になるよ」
「はいよ。ほら、早く上がりな。今冷たい麦茶淹れるからね」
言われて僕は遠慮なく家にあがらせてもらった。そう、今はお盆だった。大学に通う僕は休みを利用し、母の実家に帰省したというわけだ。
十三日の迎え火から二日。僕は今日から祖母の家に泊まり、最後に送り火をして十八日に、東京へと帰る。そして迎え火は……もう、済ませた。お盆も形式的なものなので、今日を含めた四日間は特にすることもない。
祖母に貰った麦茶を嚥下しつつ、そんなとりとめのないことを考えていた。ふと、祖母が思い出したように声を出す。
「ああ、そうだそうだ。さっきナオが来る前にね、女の子が来たんよ」
「女の子だって?」
僕が聞くと、祖母は頷く。
「そう、女の子。そんでナオにな、手紙渡してくれって頼まれたんよ。不思議な子でな、名前だけ言ってどっかに行っちまったわ」
はて、女の子。僕は首を傾げた。田舎に知り合いは居ないし、心当たりは……。
──ねぇ、なおくん。私が死んだら──
……そんな、馬鹿な。
「ねえ、婆ちゃん。その子、名前なんて言ってた」
「ああ、そうそう。なんて言ってたかね……ちょっと待ってな。最近忘れっぽくてかなわん。えっと確か……」
……まさか。あり得ない。僕の頭に否定の言葉が木霊する。僕の脳裏を電車で見た光景が過る。それだけで、僕の心臓は激しく脈をうった。
そして──
「あ、思い出したわ。ああ、すまんね。確かその子、名前は“かや”ちゃんって、言うてたわ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の思考は真っ白に染まった。
「……か、や……?」
カヤ。僕の恋人。かつて愛した、今はもう居ない。あの時の彼女の言葉が、鮮明に甦る。
──ねぇ、なおくん。もし、私が死んだら……それでも私はきっと、君に手紙を書いて会いにいくよ。
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