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噛み付かれたりしなかっただろうか。
「大丈夫。ちょっと引っ掻かれたけどね」
辺りはすでに暗くなっていた。
「でも、少し怖かったな」
星がまたたき始めている。
「なんか心臓がばくばく言ってるもん」
俺は彼女に歩み寄った。
地面は野犬の血で濡れている。
俺の手が彼女の肩に触れて、彼女は僅かに身震いした。 彼女は微笑んでいたと思う。俺は彼女の白い服が月明かりを映して闇から際立っているのをきれいだと思った。
彼女を抱こうとしてさらに近づくと、彼女は少し後ずさりしかけ、血でぬかるんだ地面に足を取られて転んでしまった。
肩に手をかけていた俺も一緒に転び、彼女に覆いかぶさるように倒れた。彼女の手が俺の頭に置かれ、俺は彼女の胸に耳を付けた。
心臓の音が聞こえた。どくんどくん、と少し速めに動いているのは犬に襲われた恐怖の余韻かそれとも、と考えて、俺は視界の先に野犬の死体と、昇り始めた月を見た。
俺たちは野犬の死体が散らばる中で何をしようとしているんだ。
おかしさがこみ上げてきて、俺は立ち上がって大声で笑った。彼女は不思議そうな顔をしている。
彼女のどくんどくんという心臓の音が耳に残っている。その鼓動をもう一度聞いてみたいと思って、俺は彼女の手を取って立ち上がらせ、抱きつくようにしてその胸に耳をつけた。
彼女が浴びた野犬の血の匂いが鼻につく。だが、彼女の鼓動は俺に久方ぶりの安らぎを与えてくれた。
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