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しかも、絢乃は男から見れば得体の知れない存在。
居なくなったところで痛くも痒くも無い存在だ。
そして時代は戦国時代。
疑わしいというだけで命を奪われたとしても、文句は言えない時代だ。
親兄弟でさえ、戦い合う事もある世の中なのだから。
人の命が最も軽かった時代の一つ…。
(私…死ぬの?…嫌、だよ。死にたくない!死ぬのは怖い…)
絢乃が持つ茶碗の中の茶には、今にも泣き出しそうな絢乃の顔が映っていた。
(嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくないよ…)
迫り来る死の恐怖に絢乃が耐え切れなくなり、嗚咽を漏らしそうになった時だった。
男が小さく笑った。
「…すまない。苛め過ぎた様だな」
「…………え?」
「毒など入れてはいないから安心しなさい」
男はそう言うと、先程点てたばかりの茶を口にした。
「毒は…入ってない…?」
突然の展開に絢乃は目を瞬かせれば、男は頷いた。
「そなたの話は突拍子もなさ過ぎて、正直信じられぬ。だが、そなたが間者だとは思えぬのもまた事実。…そなたは不思議過ぎる。読み書きが出来るあたり庶民ではなさそうだが、かと言ってどこかの姫には見えぬ。素性が知れぬが、警戒心が薄く隙だらけな挙句、簡単に他者の言葉を信じる辺り、間者とは到底思えぬ。正直なところ、そなたが何者なのか私には見当すらつかぬ」
男はそこまで口にすると、再び茶を口にした。
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