-戦国の世へ-

10/23
前へ
/32ページ
次へ
男の言葉に絢乃の身体から力が抜けた。 男の腕を掴んでいた手も力を失い、するりと落ちていった。 (そんな…。誰か夢だって言って…これは夢だって…) 夢である事を絢乃は願うが、吹き抜ける夜風が身体から体温を奪っていく事から、季節も真夏ではないと分かる。 そして、挫いた足がずきずきと痛み、その痛みがまた、これは現実なのだと知らせる。 瞬き一つせずにいる絢乃の瞳からは、一筋の涙が流れた。 その涙は何の涙なのか、絢乃もよくは分からなかった。 非現実的な事が起り、戦国という世に放り込まれた恐怖からなのか、見知った人のいない心細さからなのか…。 または、どうしたら良いのかという不安からなのか…。 何故自分が泣いているのか絢乃は分からなかったが、それでも絢乃の瞳からは涙が零れたのだ。 「取り乱したり、泣いたりと忙しい娘だな」 「っ!!ご…ごめんなさい!」 男の言葉に我に返った絢乃は、慌てて涙を手の甲で拭おうとしたが、男はその手を掴むとそれを阻止した。 「え?」 絢乃が驚いた様に顔を上げれば、男はそっと絢乃の目元へ指を伸ばし、指先で涙を拭った。 「そのように乱暴に拭うものではない。折角の綺麗な肌が荒れてしまう。…それと、先程の言葉は、そなたを責めた訳ではない」 男はそう言うと、立ち上がり絢乃に背を向けた。 「付いて来なさい。そんな薄着でいつまでもここに居ては風邪を引く」 男はそう言うと静かに歩き出し、絢乃も慌てて後を追う様に立ち上がった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加