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男の言葉に絢乃の身体から力が抜けた。
男の腕を掴んでいた手も力を失い、するりと落ちていった。
(そんな…。誰か夢だって言って…これは夢だって…)
夢である事を絢乃は願うが、吹き抜ける夜風が身体から体温を奪っていく事から、季節も真夏ではないと分かる。
そして、挫いた足がずきずきと痛み、その痛みがまた、これは現実なのだと知らせる。
瞬き一つせずにいる絢乃の瞳からは、一筋の涙が流れた。
その涙は何の涙なのか、絢乃もよくは分からなかった。
非現実的な事が起り、戦国という世に放り込まれた恐怖からなのか、見知った人のいない心細さからなのか…。
または、どうしたら良いのかという不安からなのか…。
何故自分が泣いているのか絢乃は分からなかったが、それでも絢乃の瞳からは涙が零れたのだ。
「取り乱したり、泣いたりと忙しい娘だな」
「っ!!ご…ごめんなさい!」
男の言葉に我に返った絢乃は、慌てて涙を手の甲で拭おうとしたが、男はその手を掴むとそれを阻止した。
「え?」
絢乃が驚いた様に顔を上げれば、男はそっと絢乃の目元へ指を伸ばし、指先で涙を拭った。
「そのように乱暴に拭うものではない。折角の綺麗な肌が荒れてしまう。…それと、先程の言葉は、そなたを責めた訳ではない」
男はそう言うと、立ち上がり絢乃に背を向けた。
「付いて来なさい。そんな薄着でいつまでもここに居ては風邪を引く」
男はそう言うと静かに歩き出し、絢乃も慌てて後を追う様に立ち上がった。
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