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「痛っ!」
だが、体重をかけた瞬間、足に鈍い痛みが走り、絢乃は思わず蹲ると足を押さえた。
反射的に立ち上がったのだが、絢乃は先程転んだ際に足を捻挫していたのだ。
「どうした?」
男は振り返ると蹲る絢乃の姿を目にし、絢乃の側へと戻ってきた。
そして、片膝を付くと絢乃の顔を覗き込んで来た。
「あ…あの…」
(捻挫しているって言って良いのかな?…ううん、言ったところで治る訳じゃないし、この人だって困るよね。それに捻挫くらいで泣き言なんか言っていられない)
絢乃は男に何と答えるべきか一瞬逡巡したが、気丈にも痛みを堪えて立ち上がった。
捻挫した足に力を込めない様に気を付けて立てば、痛みはあるものの歩けない訳ではなさそうだった。
(うん。大丈夫そう…)
絢乃はこれから先、いつ帰れるか分からぬ中で…頼れるものも無い中で生活をしなくてはならない。
恐らく、沢山の困難にぶつかるだろう。
そう、捻挫くらいで泣き言など言っていられないのだ。
「何でもありません」
絢乃がそう言い、笑ってみせると、男は片膝を付いた姿勢のまま絢乃を見上げ、僅かに目を細めた。
「足を怪我しているのか?」
「いいえ。何でもありません」
絢乃がそう返せば、男は無言のまま絢乃を真直ぐに見つめた。
責める様な目では無いが、その視線に絢乃はいたたまれなくなる。
いや、責める様な目ではない故に、心苦しさを覚えるのかも知れなかった。
いっそ、嘘を吐くなと言われた方が楽かもしれない。
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