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(うぅ…庭でも思ったけど、この人の無言の圧力半端ないんですけど…)
絢乃の怪我を思っての善意だとは分かる。
だが分かっていても、無言の圧力は勘弁願いたいものであった。
あの深く澄んだ瞳に見つめられると、身が竦んでしまう。
(綺麗な顔してるから余計怖いんだよね…。クールって言うか…イケメンなのに色々勿体ないなぁ…)
そんな事を考えながら、ぼんやりと男の姿を目で追っていた絢乃だが、すぐにその視線は男に釘付けとなった。
いつの間にか茶釜にはお湯が沸いており、男は手慣れた所作でお茶を点て始めたのだ。
流れる様な無駄の無い美しい動き。
茶筅が立てる音。
仄かに香る茶の匂い。
まるで時が止まったかの様に絢乃は魅入った。
やがて男は茶筅を茶碗の脇に立てて置くと、点てたばかりの茶を絢乃の前に置いた。
黒い茶碗に深い茶の色が鮮やかに映える。
茶碗の中の世界は茶筅で茶を点てた際に出来た小さな無数の泡があり、泡がなく水面が見える部分は見事な三日月を形成していた。
(綺麗…)
「飲みなさい。茶は心身を落ち着かせてくれる」
「はい…」
絢乃は茶碗を手にすると、促されるまま素直に茶を口に含んだ。
口の中に広がる抹茶の甘みと暖かさが、一口飲み下す毎に心身に広がり、絢乃は心が鎮まるのを感じた。
その甘みと暖かさが、緊張で硬くなっていた身体をほぐしていく。
気付かない内に絢乃は、気を張り詰めていたのだと分かる。
「……温かい…」
それは…茶の感想なのか、男に対する感想なのか分からない。
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