その壱

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「言ってくれるネェ。試す気でいるよ」  横から投げやりで楽しそうな声が聞こえた。準備運動どころじゃなくなったらしい彼が、座って観戦する気満々でいた。  自分が鬼なら見せると言っている。だったら自分はとっくに『鬼』と成っているではないか。幾度人を切り殺めても、深く嘆き悲しむことのない自分が鬼ではないと、言い切れるものか。  この挑戦者は自分を試す気でいる。今まで幾人の人間と斬合をしてきたが、その時の最高の高揚に近づきつつある。もう抑えられない…。 「鬼ですか…。あなたの名前は?」  興味がわいた。初対面で切り殺す事なんか良くある今の時代なのに、道場での木刀での試合とはいえ、相手の名を知りたくなったのだった。 「汐見 綺良(しおみ きら)と申します…」  居合いの構えをとり、無名の流派を掲げ、鬼ならばそのワザを見せると言った人間。 汐見──、 「綺良さんですか…」  忘れないでおこう。そしてその期待を超える何かを持っている気がした。
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