その壱

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 つい先日までの冷たい空気はほとんど失われ、新しい芽吹きを感じさせる柔らかな風と、時世をまるでものともしない穏やかな日差しが覗いた日の事だった。  人々は生きている事を実感するかのように活気付いており、昨今巷を闊歩する陰気を吹き飛ばそうとする勢いであった。  闊歩する陰気とは即ち、死である。  倒幕と攘夷に分かれ、その両者が我らの住む近所で剣戟を響かせる事が決して少なくはない。そして人死にが出る。大志を抱いて生きる事は決して悪い事ではないが、今を生きていることで精一杯なのが、多くの者の心の声である。  時代が変わろうが、今の生活が続こうが、生きる事に溢れる人々。  そして同じように生きてはいるが、時代と戦う意思のぶつかり合いをする者達。そんな彼らの日課、自らを鍛え、稽古に励み、来るべき実践に備える。  最初は、そんな束の間の日々の稽古だったはずだった。
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