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「くっ……」
焦りと疲れだけが溜まる。
「始め」の声と共に、全力で目の前の優男に叩き込み続けているのだが、一発も直撃しない。そのどれもが相手の木刀で弾かれ、のらりくらりとかわされている。
「私を殺すつもりで来てください」
掛け声の前に彼がこの季節と同じような暖色で涼やかに笑いながらの一言。その時は単なる冗談だと嘲笑していた。だが、それも一人二人、十人と超えるにつれ、本気で言ったのだと理解する事ができた。
だが、せめて自分くらいは、殺すつもりでなくてもそれ相応にやりあう事くらい出来る、と自信を持っていた。しかしそれは開始刹那にして甚だしい間違いだと気付いた。いや、気付かされた。
あの言葉が脳裏をよぎる。目の前の男は本物だったのだ。
絶対に超えられない壁とはこういうものか、そう思いたくなってくる。
自分の中に流れる赤い勢いを急速に高める感覚。実戦ではなくても相手が相手だ。そのくらいの気迫がなければ、もしくはそれ以上の殺気がなければ太刀打ちできない相手だったのだ。
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