世界の腹の底で

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 この日、バレ・ミナの朝はいつもと違った。朝の静寂を破った。政府からの緊急放送の知らせ。三万の民衆が何事かと大型モニター、家庭用モニターの前で神妙に政府からの放送を待っていた。時刻は八時をわずかに過ぎ、全モニターに落ち着いた雰囲気の美しい女が現れる。 「バレ・ミナ市民の皆さん。以前から度々公示してきた緊急避難計画を実行に移すことが正式決定されましたことをお知らせいたします。対象者は高齢者、汚染疾患認定を受けた者を優先となり――」 市民たちは放送の途中からざわめき始め、政府は混乱を押さえるために画面を切り替えた。現れたのは堂々とした男。滅多に現れない最高権力者ジャウィド総統であった。 「市民諸君、直ちに選出へ備えて準備を始めてほしい。諸君に求めるのはそれだけだ。後は政府が全てを保証する。兵士諸君、この所訓練が厳しいと感じていることだろう。前に宣告した通り、移住先の隣星アビータには原住民が存在する。移住するには原住民の脅威を取り除く必要があるが、それらは諸君の敵ではない。市民諸君はいつもの生活を続けてくれ」 ジャウィドの語尾を強調した力強い声、絶妙な間はざわつく市民を安堵させ、兵士を焚き付ける。 「人類の希望、バレ・ミナのために」  バレ・ミナは人類最後の都市、文明の砦。ジャウィドの姿がモニターから消えた。希望と不安が入り混じった歓声がバレ・ミナを包み、市民はいつもの日常へ戻っていく。
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