第壱章

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恋。 それは、俺には全く無縁のものだと思っていた。 「ヒロヤ、早く行こうぜ。サンタに怒られちまう」 「おう」 俺と同じ2年2組のナオトと共に階段を駆け降りる。 サンタというのは、俺達が所属しているバスケ部の顧問だ。本当は三谷(みたに)と言うのだが、訓読みした〝さんたに〟から、〝サンタ〟という愛称で通っている。 「遅いぞお前ら」 案の定、注意されてしまった。 罰として体育館を10周走らされる。 正直、部活前の10周はつらい。 勿論、文句など言ったら20周に成り兼ねないので言わない。 「なあ」 「ん?」 10周目を走り始めた時にナオトに声をかけられた。 「西沢って女子知ってる?」 思わず「はあ?」と聞き返してしまった。 「いや、だから」 西沢って知ってる?とまた聞いてきた。 ナオトの口から女子の名前が出てきたのはいつぶりだろうか。 「西沢?知らねえけど…なんで?」 「朝にさ、タオル拾ったんだよ。オレンジ色のやつ。それに名前書いてあってさ、多分、女子の文字」 「それが〝西沢〟なわけ?」 ナオトは「そうそう」と頷く。 「2年らしい。律儀にも名前と一緒に書いてあった」 「律儀すぎだろ。ていうか俺らと同い年じゃん」 「だから知らねえか聞いたんだけど」 「うーん…やっぱ、知らない」 そうか、とナオトはまた頷いた。 ナオトは親切だ。 落ちているタオルは拾うし、財布だって交番に届ける。 学校でのたいていの落とし物は先生に届けているが、今回は学年と名前が書いてあったのでまだ手元に持っているらしい。 「あ、10周走ったぞ」 ナオトが立ち止まる。 続いて俺も止まって、バスケ部の皆が練習しているコートへ向かった。 「すぐだったな」 少し前に感じていたことだが、最近体力がついてきたみたいで、4クオーター全て出ても、なお走れるくらいだ。 先輩を含めてもこんなに体力がある人は中々いない、と思う。 シュート練習も怠っていないし、次の夏の大会には出れるかもしれない。 俺はまだ何もわからない未来に思いを馳せていた。
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